かの偉大なる皇帝アクセル一世は、皇后ネラの兄であるエゼキウス王から援軍を乞われ、猪人族を討伐するべく三度にわたって東方へ遠征した。 しかし、この戦いは最後まで決着がつかず、両者引き分けのまま終わった。 和平交渉の結果、エゼキウス王は猪人族に対して国境を解放し、関税を払わず自由に交易することを認めた。 占領していた土地を与えられた猪人族は、臣下としてエゼキウス王に服従することで合意した。 さらにエゼキウス王は、この紙切れに過ぎない約束を双方にとって破れぬものとするため、みずからの甥に当たる皇太子アクセル二世と、猪人族の姫ポリネシアをめあわせることにした。 実際に戦ってみて猪人族の恐ろしさを思い知り、敵に回すよりも味方につけたほうが得策だと考えたからだ。 けれども、由緒正しき皇族の王子と、ろくに言葉すら話せない蛮族の姫君では、さすがに家格が見合わない。身分が違いすぎる。 そこでポリネシア姫は、アクセル王子の結婚相手としてふさわしい品格を身につけるため、かねてよりエゼキウス王と親交が深かった西方の名門貴族セリルド家の養女に迎えられた。 ところが、ある日のこと。 エゼキウス王は、何の前触れもなく突如として帝都エルドランドへの侵攻を開始する。 この戦いにおけるエゼキウス王の敗因は、そもそも誰も望んでいないタイミングで戦争を仕掛けたことにある。 暴君ダリオンは、確かに悪名高く尊敬に値しない人物だったとはいえ、指導者としては十分に優れていた。 少なくとも、遠征ばかりして内政をおろそかにする皇帝アクセル一世よりは民衆から人気があった。 帝国各地の領邦を治める諸侯らとて、政治的な要求が通らなければ武力行使も辞さぬ構えだったが、だからといって軍事的な衝突を望んでいたわけではない。 独立や自治を求める勢力からしてみれば、もはや皇帝など存在しないほうがよかったとさえ言える。 猪人族の姫ポリネシアを預かるセリルド家は、それまで連合の盟主と仰いでいたエゼキウス王を裏切り、暴君ダリオン率いる西軍の陣営へ寝返った。 これには、評議会に議席を有する名門貴族セリルド家の当主マーセナルが、折悪しくも帝都エルドランドの城下に滞在していたという事情がある。 魔女アンブローネの息がかかった親衛隊によって問答無用で身柄を拘束され、いわば人質として軟禁状態に置かれていた。
「わらわの王子様はどこじゃ! 一目でよいからアクセル様に会わせておくれ!」 「そんな悠長なことを言っている場合ではありません、姫様! 一刻も早くここから逃げなければ!」 親戚一同が集まる家族会議でよからぬ陰謀を盗み聞きしたセリルダは、領地の城砦からこっそり義理の妹ポリネシアを連れ出し、馬を駆って大急ぎで逃げ出した。 「人質を逃がすな! 追え、追え!」 血のつながった同門の兄弟たちが、鞭を打っては鞍を揺さぶって必死に追いすがる中、 「そんな激しい腰使いでは、すぐに尽き果ててしまうぞ」 セリルダは、曲芸のごとき見事な槍さばきでばったばったと敵を薙ぎ倒し、馬とともに障害物を飛び越え、次から次へと関所を突破していった。 「姉御や、なぜわらわを助けてくれたんじゃ? 同じ一族の父親や兄弟たちを裏切ってまで」 「私は、男というものが嫌いなのです。とくに、ああいう男らしくない男どもが」 ポリネシア姫は、この時まだほんのわずか九歳にも満たない年齢だった。 生まれつき舌足らずで発音がつたなく、しゃくに障るような鼻声だったものの、驚くほど物覚えがよく、当時すでに読み書きを含めていくつもの言語を習得していた。 大人さえ顔負けの人並み外れた才媛だ。 「何者だ! そこで止まれ、止まらねば矢を射るぞ!」 「控えおろう! これなるは皇太子アクセル殿下の許嫁、ポリネシア姫様である! 頭を下げねば首が落ちるぞ!」 こうして果敢にも単騎で戦場を駆け抜けたセリルダは、親兄弟を敵に回してエゼキウス王が率いる東軍の陣営へ加わった。 敵も味方もわからぬ合戦の最中、孤軍奮闘する女騎士と相まみえたセリルド家の当主マーセナルは、不覚にも涙で目の前が見えなくなり、思わず待ったをかけて降参したという。 「よくぞ裏切ってくれた、我が娘よ。これで当家の面目は保たれた」
その後、健闘むなしくも形勢にあらがえず敗北を喫したセリルダは、西軍による残党狩りから逃れるべく、ポリネシア姫を連れて帝国各地を流浪する。 馬に道草を食わせながらのんびりと歩いている途中、野山に隠れて悪事を働いていた敗残兵たちと遭遇し、紆余曲折あって同行することになった。 「ポリネシア様、よくぞご無事で……!」 「おぬしら、こんなところで何をしておるんじゃ? 誇り高き我が一族の戦士ともあろうものが、猪のごとく畑で芋掘りとは情けないのう」 彼らは、ほんのついこのあいだまでエゼキウス王が率いる東軍の陣営に属していた猪人族の傭兵部隊だった。 味方が流した噂によって汚名を着せられ、仕返しに馬を盗んで脱走したまではいいものの、帰り道がわからず付近をさまよっていた。 見知らぬ土地でろくに言葉が通じないうえに、道をたずねようにも悲鳴を上げて逃げられてしまい、仕方がないので民家の畑を荒らして芋ばかり食っているところへ、たまたまポリネシア姫が通りかかったのだ。 「感謝するぞ、姉御よ! 姉御よ!」 「貴様らのような輩に姉御などと呼ばれる筋合いはない。アクセル王子へ会いに行くついでだ。どのみち同じ方角だし、途中まで案内してやろう。もう二度と悪さをするんじゃないぞ」 こうして一行は、西から東へとおよそ半年間かけて帝国全土を横断する。 このころ東方のアスタリア王国では、エゼキウス王に服従していたはずの猪人族がふたたび勢力を盛り返し、大規模な反乱を起こしていた。 かつてエゼキウス王が従えたのは、猪人族全体のうちの半分に過ぎず、残りの半分は土地を与えずに追い返していた。 その生き残りが大勢の仲間を連れて仕返しにやってきたので、武器を捨てていた者たちも呼応するように立ち上がる。 エゼキウス王には男女合わせて合計十二人の子供がいたが、そのうちのほとんどは成人を迎えずに死んでいた。 さらに、エゼキウス王自身が生死もわからぬまま行方知れずとなったことで、生前の遺言に従わず権力をほしいままにする家臣たちが現れる。 エゼキウス王が出陣中のあいだ留守を任されていたのはアクセル王子だが、そのアクセル王子がどこかへ出かけたまま不在なのだ。 「姫様はここで待っていてくだされ。この私が必ずやアクセル王子を連れて参ります」 「頼んだぞ、姉御よ。わらわは蛮族生まれの帝国育ちじゃ。身内同士が争うておるのは、心苦しゅうて見るに忍びない」
それからセリルダは、アクセル王子の消息をたずねて人づてに話を聞き、アスタリア王国の都アスタリスクまでやってきた。 エール帝国の東方にあるアスタリア王国は、でこぼこと起伏に富んだ丘陵が多く、農耕よりも畜産のほうが盛んだった。 今でこそ廃れているものの、かつてこの辺りには塩の鉱山があり、交易の拠点として大いに栄えていた。 牛や豚などの動物は、もともと食用ではなく荷駄として持ち込まれたもので、市場でもないのに町じゅうの至るところで行商をする光景が見られた。 「おい、そこのチビ」 「なんだ姉ちゃん。俺たちに何か用か?」 「船を貸せ」 若いころのセリルダは、自他ともに認める跳ねっ返りのおてんば娘だった。なまじ腕っぷしが強いだけに、目上の者に対しても真っ向から逆らい、はなから喧嘩腰で居丈高に見下した。 歳を取るにつれてだんだんと丸くなってくるが、このころはまだまだやんちゃ盛りだ。 「悪いが、この船に女は乗せられねえんだ。女神様の怒りを買っちまうからな。わかったらとっとと失せな」 「金ならある」 そう言ってセリルダは、どっさりと金貨が入った小袋を放り投げる。 「へへっ、こいつはすげえや」 港の桟橋でもやいをといていた水夫は、拾った財布を逆さにして手のひらで数える。何事かと騒ぎを聞きつけて、ぞろぞろと仲間たちが集まってくる。 彼らは、旗を下ろして港へ寄った海賊たちだった。 この時代は、東方から南方にかけて中つ海周辺に多くの海賊が出没していた。交易路の中継地にあるバルコニア諸島を中心に活動していたことから、バルコニア海賊と呼ばれる。 「だが、これっぽっちじゃちと足りねえな」 海賊たちは、相手が誰とも知らず調子に乗って欲目をかいた。仲間同士でそれとなく目配せを交わし、気づかれぬように遠巻きにセリルダを取り囲む。 「交渉次第じゃもっと出せるんだろう? だったらあり金全部よこしな。身ぐるみ剥がされて恥ずかしい思いをしたくなけりゃな」 「そういえば、ひとつ聞き忘れていた」 セリルダは、背後から忍び寄ってきた男の腕を逆手に取り、奪った短剣で突き刺した。そのまま足を引っかけて海へ蹴り落とす。 さらに、振り向きざまに背負っていた槍を薙ぎ払い、まとめて何人か吹っ飛ばした。 「おまえたちの中に、アクセル王子の居場所を知っている者はいないか?」 のちに本人の名を取って通称セリルダの槍と呼ばれる武器は、長さ六尺あまりある羽根と尻尾つきの長柄だ。 セリルダ自身の身長が最低でも170センチメートル以上あったと思われるので、だいたい身の丈と同じかそれよりも少し長い。 「この女、よくもやりやがったな……! こんな真似をしてただで済むと思うなよ! あとで覚えてやがれ!」 海賊たちは、たちまち怖気づいて及び腰になる。それぞれ青ざめた顔を見合わせつつ、隙を見計らって一斉にその場から逃げ出した。 「おい、待て! 質問に答えろ!」 「一体何なんだ、あの女は……! もう降参するから勘弁してくれ……!」 セリルダは、口笛を吹いて駆け寄ってきた馬にまたがり、後ろから追いかけて一人ずつ倒していった。 「――お遊びはそこまでだ!」 するとその時、銃声が鳴り響いた。 馬の手綱を引いてふと後ろを振り向くと、空に向かって切り詰めの短銃を放った青年が、船べりに片足をかけて港を見下ろしていた。 海に飛び込んで何とか逃げおおせた海賊たちが、下ろされた縄ばしごを伝って船の甲板へよじ登る。 「あんたが探しているのはこの俺かい?」 そこそこ裕福かつ育ちもよくて遊んでそうな青年だった。仕立てのよいシャツを爽やかに着こなし、若さに似合わぬ高級そうなアクセサリーを身につけている。 第一印象からして何となくいけ好かない感じだが、とても悪党の一味には見えない。 「貴殿は?」 「かつて皇太子アクセル二世と呼ばれていた男だ。今はアクセリウスと名乗っている」
「変態とは孤独なものだ」 ――そうは思わないか? アクセル王子は、年季の入ったボトルの栓を抜いて杯をくゆらせながら、ゆったりと足を組んで安楽椅子に腰かける。 ここは、港に停泊した海賊船の中だ。 アクセル王子が所有している船は、かつてエゼキウス王が率いていた大艦隊のうちの一隻で、エスペランサ号と言った。 前後に三本のマスト、左右にそれぞれ五十本あまりのオールが並んだ大型の木造戦艦だ。進行方向に体当たりをするための衝角がついており、喫水が深くて浅瀬につっかえてしまうので、限られた港にしか入ることができなかった。 「今回たずねたのは、ほかでもない。私の義妹にして、貴殿の婚約者でもあるポリネシア姫様の件についてだ」 「だから言っただろう? 俺はもう皇太子なんかじゃない。自分の正体を隠したまま、まったくの別人として生きているんだ。今はただ、自由気ままに世界を旅する名もなき冒険者さ」 アクセル王子は、ふっと埃と吹いたグラスにワインをそそいで乾杯をすすめる。 執務室に据えられたテーブルの上には、コンパスで航路を引いた海図や、食べかけのサンドイッチ、交易品の帳簿などが散らばっている。船が波で揺られるたび、板張りの天井がぎぎっときしむ。 「よもや、そんな身勝手な理由で我が妹との婚約関係を破棄するつもりではあるまいな? さては姫様というものがありながら、ひそかに別の恋人と交際しているのだな? 事と次第によっては裁判も辞さないぞ」 「……裁判だって?」 「たとえどんな事情があろうとも、男同士の約束は必ず守ってもらう。それが我がセリルド家の家訓だ」 セリルダは、握った拳でテーブルを叩いて啖呵を切った。 「これまで我ら一門が、王家のためにどれだけ多くの血を流してきたのか知ったうえで、それでも両家の同盟関係を解消したいと言うのなら、当家は貴殿及びその一族に対して賠償を求める」 「おいおい、冗談だろう? ちょっと待ってくれ、まずは落ち着いて話し合おうじゃないか」 アクセル王子は、何やら落とし物でも探すように慌てて椅子から腰を浮かし、まあまあと両手でなだめる。 「何なら今ここで決着をつけても構わないぞ。この私に勝負を挑む度胸があるならな。さあ、文句があるなら表に出ろ。どこからでもかかってこい」 「君の言い分はわかったから、せめて決闘じゃなくて法廷で争わせてくれ。俺にだって正当な裁判を受ける権利があるはずだ」 「正義は必ず勝つ。そして私は絶対に負けない」 「結局は自分が正しいと言っているようにしか聞こえないが」 セリルダは、立てかけてあった槍を取るなりきびすを返して船室を出ようとする。アクセル王子がそれを押しとどめてドアをもたれかかり、やれやれといった調子で肩をすくめる。 処女信仰の教徒が多数派を占めるエール帝国において、結婚という制度は法律にもとづく契約と見なされる。 宗教上の理由から一夫多妻や生前離婚が禁じられており、どうしても婚姻関係を無効にしたい場合は、相手の要求に応じて財産を分与しなければならないと聖典に記されているからだ。 とりわけ王侯貴族にとっては領地の相続にも関わる話なので、ややともすると、夫婦仲のこじれや痴情のもつれが原因で血みどろの戦争に発展することさえあった。 「そもそもポリネシア姫は、どうしてそんなに俺と結婚したがっているんだ?」 「もちろんそれは姫様ご自身が、貴殿のことを心から愛しているからだ」 「今まで一度も顔を合わせたことがないのに? ほんの何回か手紙を交わしただけだぞ?」 「それでも姫様は、貴殿のために貴殿のことを好きになろうと努力しているのだ。いずれ貴殿と結婚すると決まってからというもの、一日たりとて貴殿のことを思わぬ日はない。まだ見ぬ殿方に恋い焦がれるそのお姿たるや、なんと健気なことか……」 「だけど君は、こうして実際にこの俺と会ってみてどう思った? 想像していた男とはずいぶん違っただろう? さぞかし期待外れだったんじゃないか?」 「むむっ……」 そう言われてセリルダは、もう一度あらためてアクセル王子の人となりを観察する。 外見上は確かに、偉大な父親の面影を思わせる金髪長身の美青年だった。けれども身につけている服装は、お世辞にもお洒落とは言いがたい。うっすらと無精ひげを生やしており、全体的に細くて骨張って見える。 あまり健康に気を遣っている様子もなさそうだ。テーブルに酒瓶を置いて椅子ごとふんぞり返り、くわえ煙草を吹かしている。いつもの癖なのか、袖のボタンを外してしきりに腕まくりをしており、その仕草がむしろイカサマ師っぽい。 「じつはここだけの話、俺には生き別れた弟がいるんだ。同じ父親から生まれた腹違いの兄弟がな」 「貴殿の弟君だと? そんな噂は初耳だが……」 アクセル王子は、おもむろに後ろ手を組みつつ背中を向けて、丸型にくり抜かれた船窓から外の景色を眺める。 「いわゆる家庭の事情ってやつでね。どうやら、生後間もなく捨て子として修道院に預けられたらしい。今はどこで何をしているのか知らんが」 「つまり、隠し子ということか?」 「こうして船に乗って海を旅するようになってからというもの、あちこち巡って居場所を探してはいるんだが、何しろ手がかりが少なくてな。……それに、今さらどのつら下げて会えばいいものやら」 「と言うと?」 「俺は、あいつの母親を殺したんだよ。お腹の中にいる赤ん坊と一緒にな」 アクセル王子は、かつて帝都エルドランドの宮殿で起こった事件の内幕について語った。 もうかれこれ十五年ほど前の話になる。 僭称皇帝オルスター卿と死別したのち、暴君ダリオンと再婚した未亡人アクセラ妃は、おのが弟である皇太子アクセル二世の手にかかって斬首される際、せめてもう少しだけ待ってくれと泣きながら懇願した。 その当時、アクセラ妃のお腹はすでに隠しきれぬほど大きくなっていた。おそらく暴君ダリオンの子種だろう。 皇帝アクセル一世亡きあと、皇太后として権勢を振るっていた悪妻ネラは、無言のまま手を下ろして処断を命じた。あえて自分の息子であるアクセル王子に首を斬らせたのだ。 それが魔女アンブローネの仕組んだ罠であるとも知らずに。 「いいか、これは今ここにいる俺たち二人だけの秘密だ」 「どうして、そんな大事な話をこの私に?」 「たまたまお互いの利害が一致しただけさ」 「……貴殿の目的は何だ?」 「俺はただ、何にも縛られず自由に生きていたいだけだ」 「たったそれだけのために?」 「もしも俺が死んだら、そのあとは俺の弟が王家を継ぐことになる。何たって俺には子供がいないからな。だから、生きているうちにかたをつけておきたい」 「ようするに貴殿は、みずから皇太子の座を降りてその地位を弟君へ譲ろうと言うのだな? たとえ腹違いの兄弟であっても、相続について異議を唱えるつもりはないと?」 アクセル王子は、羽根ペンの先にインクをつけて手紙を書いた。閉じた封筒に溶かした蝋を垂らしてべったりと印を押す。 「いつか俺の弟に会ったら、こう伝えておいてくれないか? おまえにぴったりの素敵なお嫁さんを紹介してやるよってな」 「まったく、何という無責任な男だ」 署名入りの正式な書簡を預かったセリルダは、皮肉を込めて嫌味をこぼす。 「どうやら貴殿は、これから死ぬための準備をしているように見える」 「順番が回ってきたんだよ。お兄ちゃんだからな」 アクセル王子は、残り少ななグラスを飲み干して自嘲気味に笑った。 「しかし、アスタリア王国の騒乱についてはどうするつもりだ? 母方の伯父に当たるエゼキウス王からあとを託されたのは、ほかならぬ貴殿だろう? 腹違いの弟には任せられまい」 「――だったら、こうしよう」 と、アクセル王子はひとつ指を立ててこんな提案を持ちかける。 「猪人族を説得して反乱をおさめるために、俺はこのままポリネシア姫との婚約関係を続ける。次の縁談相手が見つかるまでのあいだな。――ところで、ポリネシア姫は今いくつだっけ?」 「今年で九つを数える」 「まだ子供を産むには早い年齢だ。いざ結婚するにしても、当分は先の話になるだろう。それに俺は、こう見えてそろそろ三十歳だぞ? いささか歳も離れすぎている」 「だが、もしも貴殿の弟君が結婚の申し出を断ったら? すでに別の相手と交際している場合もありうる」 「そんな心配はいらない。あいつはたぶん、童貞だからな」 「……童貞だと?」 「皇帝になる者以外は、死ぬまで童貞でなければならない。それが王家に生まれた男子の宿命だ」
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